横浜地方裁判所 昭和43年(ワ)772号 判決 1970年5月12日
原告
昭和運送有限会社
被告
神奈川トヨタ自動車株式会社
ほか二名
主文
被告池田東洋同相原節輔は、各自原告に対し、金二七一、八九〇円及び被告池田東洋は昭和四三年五月二六日から同相原節輔は昭和四五年三月一二日から夫々完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え原告の被告神奈川トヨタ自動車株式会社に対する請求は之を棄却する。
訴訟費用中、原告と被告神奈川トヨタ自動車株式会社との間に生じたものは原告の負担とし、原告と被告池田東洋同相原節輔との間に生じたものは、同被告らの負担とする。
この判決は、第一項に限り仮に執行できる。
事実
原告訴訟代理人は、「被告らは原告に対し各自金二七一、八九〇円および本訴状送達の翌日(被告神奈川トヨタ自動車株式会社―被告会社という―は昭和四三年五月二七日、被告池田東洋―被告池田という―は昭和四三年五月二六日、被告相原節輔―被告相原という―は昭和四五年三月一二日)から完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決竝に仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
一、被告会社は、昭和四三年三月八日当時相模一め四四一〇号(現在静岡一か二三五〇号)の大型貨物自動車(被告車という。)の所有者であつた。
二、被告池田は、自動車の販売及陸送を業務とし、被告会社より依頼を受け、被告池田の従業員被告相原にその陸送を担当させた。
三、被告相原は、被告車を運転し横浜市南区六ツ川町二丁目三二一番地先路上を、井土ケ谷方面より戸塚方面に進行中、前方注視義務を怠り安全を確認しないで進行させた過失により、停車中の原告所有の貨物自動車(足立四え一二号、原告車という)に追突させた。
四、右追突により、原告車はその後部を破損し、左のとおり損害を受けた。
1修理代 金一六六、八九〇円
2休車代 金一〇五、〇〇〇円(昭和四三年三月八日より同年四月二日まで)
五、被告池田は、被告相原の使用者として民法第七一五条の責任がある。
被告会社は継続的に被告池田に陸運を依頼し、被告池田はその指示に従つて自動車を運行させている。
被告会社及び被告池田は、行先、運搬日時等を指示し運行させているので、その運行中の支配があり、被告相原は、右両被告の指示に従つていたのであるから、被告会社も民法第七一五条の責任がある。
六、よつて、被告らは、各自金二七一、八九〇円及び本件交通事故後である本件訴状送達の翌日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだものである。
七、原告は、被告らの主張に対し次のとおり述べた。
仮に被告相原が被告池田の従業員でなく、車両運搬請負業者すなわち陸送屋であつても、被告池田は民法第七一五条の使用者としての責任を負わなければならない。すなわち、
1被告相原は被告池田の陸送を専属的に請負い、陸送方法等は書類を見ただけですべてが理解でき、特別な口頭による指示は必要でない位親密である。
2被告池田は被告相原の人品まで知り、両者の関係は平等な契約関係ではなく監督服従の関係にある。従つて、被告車の運行は、被告池田の指示監督の下における運行である。
3被告池田は、被告車を運搬するに当り、被告車を荷物として運搬する安全な方法をとらず、被告車自体の運行という危険性のある陸送の方法を選択し、しかもこれを運転する者を人選しているものであるから、被告池田には運行支配がある。
〔証拠関係略〕
被告会社、同池田は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、第一項と第三項を認める。第二項については、被告池田が自動車の販売を業としていることを認め、その余の事実を争う、第四ないし六項は争う、とのべ、その主張として次のとおり陳述した。
一、被告会社と被告池田、同相原との間には雇傭関係、すなわち、使用者、被使用者の関係はなく、右両者は自動車販売に関する別個独立の契約当事者であるから、被告会社は民法第七一五条による責任を負担するものではない。
すなわち、被告会社は自動車販売業者である被告池田と永年の取引があつたが、被告池田は被告会社所有の中古車―同会社が新車を販売した際下取した中古車―を仕入れて他に転売していたものである。被告会社は右中古車販売に当つて、被告池田との間で売買契約を締結し、車両の引渡、代金決済は同人との間で為していたものであつて、右車両の最終買受人、金額、車両の運搬先等は全然知らない。転買人が稀に車両点検のため被告会社に来ることはあつても、被告会社がその転買人との間で売買条件を協議することはない。従つて、被告会社と被告池田、同相原との間に指揮監督の関係は全く存しない。
被告会社が被告車を被告池田に売却したときも、売買契約は被告池田との間にのみ締結しており、代金も被告池田から受け取つている。そして、被告会社が被告車の運搬先、運搬方法等について具体的指示を被告池田同相原に与えた事実は全くない。従つて、被告会社は本件交通事故につき民法第七一五条の責任を追及されるいわれはない。
尤も、本件交通事故発生当時、被告車は未だ被告会社の名義となつていたが、これは被告会社のように大量の中古車を専門の卸売業者に販売する場合、販売車両は中古卸売業者を通じて他に転売されることが予想され、その際における車両登録名義変更手続のはんさ(時間と費用の濫費)を避けるため、被告会社から最終買受人に直接車両登録名義の変更手続をするのが、取引界の慣例となつている。
本件被告車の場合も、この例に慣つたため、車両登録名義は被告会社に残存していたのであるが、車両登録名義が何れに存したかは民法第七一五条の責任主体如何を左右するものではないから被告会社は本件交通事故について損害賠償責任を負担するものではないと信ずる。
二、被告池田と被告相原との間にも雇傭関係はない。
被告相原はいわゆる陸送屋、すなわち自動車運搬の請負を業とするもので、自己の名と計算に於いて、被告池田以外の中古車卸売業者の車両運搬を行つている。被告池田の車両運搬を請負う場合でも、車両陸送請負の性質上、特定車両の運搬と、陸送先、場合によつては納期が当初から決められている点を除いては、その運搬方法等につき被告池田から具体的な指揮監督を受ける立場にはない。しかも、陸送代金は陸送先からその支払を受ける関係に立つている。
従つて、被告池田は、被告相原の惹起した本件交通事故につき民法第七一五条の使用者責任を負担しない。
三、原告主張の修理代金の額は不当である。
原告車は、昭和四〇年式営業用貨物自動車で交通事故発生当時既に法定の耐用年限を経過し、価格にして僅かに金四〇、〇〇〇円ないし金五〇、〇〇〇円のもので、しかも以前三度程接触事故を起しており、新車と入替の必要のあつた車両と考えられる。然るに、原告が本件原告車にかけた修理は、本件交通事故による損傷箇所以外にも及ばされていることは明白であり、かつ、その現価に比して不相当に修理がなされたものと言わざるを得ない。従つて、原告主張の損害額は本件交通事故と相当因果の関係を欠くものである。
〔証拠関係略〕
理由
一、原告主張の日時場所において、被告相原の運転上の過失により本件交通事故が発生し、原告車が破損(破損の箇所、程度を除く。)したことは、原告と被告会社、被告池田との間には争いがない。
二、被告会社の責任について判断する。
(一) 証人春原忍の証言によると次の事実が認められる。
1 被告会社は中古自動車を販売する業者であるところ、被告池田は昭和三八・九年頃から毎月二〇台位の中古自動車を買い、これと取引を継続している者である。
2 被告会社と被告池田との間の取引は、口頭で売買契約を締結し、代金は原則として月末に一括して決済する。自動車の登録名義の変更は、中間業者を通じて転売され、最終買受人の手に渡つてから被告会社との間で名義変更の手続をする。
3 被告会社は、被告池田に中古自動車の陸送を依頼したこともなく、又、運搬先、運搬方法について被告池田、被告相原に指示を与えたこともない。
(二) 右認定事実によると、被告会社と被告池田との間には、雇傭関係はなく、互に、中古自動車販売に関してのみ結ばれている独立した契約当事者と解される。従つて、被告会社は民法第七一五条による責任を負担する理由がない。
そうすると、同条を前提とし、本件交通事故による損害を請求する原告の請求はこれまた理由がないものと言わなければならない。
三、被告池田の責任について判断する。
(一) 〔証拠略〕を綜合すると次のことが認められる。
1 被告池田は、昭和三〇年頃から横浜で陸送業を経営していたが、昭和三七・八年頃これをやめ、中古自動車の販売を営んでいること。
2 被告相原は、昭和三四年頃同郷の出身者である被告池田を頼つて横浜に出て来て、タクシーの運転手などしていたが、屡々被告池田の経営する陸送業の事務所に出入りして、被告池田の下で働いていたこともあつた。
3 本件交通事故発生当時は、被告池田が陸送業をやめ、中古自動車販売業を営んでいたため、被告相原はその従業員でなく、陸送業を営んでいたこと。
4 被告相原は、当時被告池田の販売する中古自動車の陸送を、二日に一回、三日に一回、或は四、五日の間に二、三日続けて陸送するなど、ほとんど専属的に請負つていたことが認められる。
(二) 右認定のとおり、被告池田と被告相原との間には、被告池田の指揮監督が明示、黙示に及んでおり、(この点に反する被告本人池田東洋の尋問の結果は信用できない。)しかもほとんど専属的に請負つていたのであるから、その間に雇傭関係がないとしても、使用者被用者の関係と同視できるものと言わなければならない。
(三) そして、本件被告車の陸送引渡は、本来売主である被告池田の義務であるから、被告池田の事業の範囲内に含まれること明らかである。このことは、被告相原が陸送代金を陸送先から受け取つていても何等左右されるものではない。
(四) そうすると、被告池田は、被告相原の惹起した本件交通事故につき、民法第七一五条の使用者としての責任を負担しなければならない。
四、損害額
〔証拠略〕によると、原告は原告車の修理代として金一六六、八九〇円を支出し、かつ、昭和四三年三月九日から同年四月二日迄の間(原告車の修理期間)マルダイ運送株式会社に配達を依頼し金一〇五、〇〇〇円を支払い、合計金二七一、八九〇円の損害を被つたことが認められる。右修理代金の額を不当とする被告本人池田東洋の尋問の結果は採用できない。
五、被告相原は、公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。
〔証拠略〕によると、被告相原の被告車運転上の過失により本件交通事故を惹起したことが認められるから、被告相原は不法行為者として、原告の損害を賠償しなければならない。
そして、その損害額は前項四において認定したとおりである。
六、そうすると、被告池田、同相原は各自原告に対し、金二七一、八九〇円及び被告池田は本件訴状送達の翌日である昭和四三年五月二六日から、同相原は本件訴状送達の翌日である昭和四五年三月一二日から夫々完済に至る迄、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。原告の被告会社に対する請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を夫々適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石藤太郎)